HOME > 未分類 > 三澤先生の解剖学(免疫と放射能)

三澤先生の解剖学(免疫と放射能)

品川で梶先生、田中先生と待ち合わせてランチ。
品川のタイ料理にしました。

パクチーサラダが美味しかった〜。

お二人はグリーンカレーで滝汗。

食べ多分のカロリーは消化しないと。
3人でブラブラ歩いて泉岳寺のセミナールームへ。

11回目の三澤先生の解剖学セミナー。
【免疫と放射能】
免疫もとても関心の高い症状の一つ。
解剖学的見地からも人体に起こる反応など講話していただきました。

でも今日は先生こっちを話したかった気がします。

【日本初の臨界事故】
平成11年茨城県東海村で起こった被爆事故。
平成11年って、この間のような気がするのに、私の記憶からは全く抜け落ちていました。

「放射能は目に見えず臭いもなく形も無い。
危ないって気持ちも薄れる
でも、いかに放射線を防御しないといけないか考えないといけない」

実際に事故にあったご遺体と対面された先生のお言葉です。

この事故については書籍も出版されていたようです。
その中で先生は
「見たことのない臓器が・・」と

人の身体は細胞が入れ替わる
腸粘膜は2日、皮膚は2週間
それが全く削げ落ちて無くなっている。
筋細胞も落ちてしまったので再生しない。
染色体も変化してしまっている。

これは人為的事故である。と。

チェルノブイリのこととかは少し記憶にあるのに
この事故
日本で起こっているのに、それも同じ関東圏なのに
「あ〜。あったかも?」程度の私の認識。

なんだろ、ずっとずっとどの番組でも報道していいはずだよね。
なんかおかしいよね。

私が子育てに追われていたから?
うつだったから?
外に興味がなくて2次元に生きていたかったから報道を見逃した?

違うよね

この事故、人為的というのは
プルトニウムをバケツで炉にどんどん汲み入れていた。そうです。
平成11年に、人が手作業で、バケツで

おかしいでしょ

被爆された方は作業されていた方で
身体の前面だけやけどのような状態だったそうです。

これからの生活はいろんなものが機械化されて仕事がなくなると聞きますが、
「もしかしたら、こういったとても危険な作業だけは、ずさんな管理の中、人がするのでは?」頭をよぎりました。

今、なぜこの事故が語られないのか考えないといけないと思うのです。
今一瞬かもしれないけど
しっかり考えないといけないと思うのです。

8月の講習に三澤先生が放射能事故について言及されたということも、考えたいです。

著書は先生でなくNHKの取材班
気になった方は手にとって見てください。

3人被爆
2人は実際に作業されていた方
そのうちの一人の方は83日間に渡り治療も受けられたようです。

私たちは何もしないで生きているわけではないので
あれもこれも考えています。
でも、ちょっとでも
「人類の幸せ」
「地球の幸せ」についても考えたほうがいいよね。

私の感想では小さな波紋しか起こせないと思うけど、ちょっとは響いていくかもしれないと。

三澤先生、ありがとうございました。

(ちょっとお若い三澤先生)

からだほぐし こころほぐし 笑顔満タン
ひだまりの中川でした

またね

・・・・・・

私の身近で戦争体験者もほぼいなくなった今
戦争の中の「原爆」「被爆」だけじゃないんだって
目には見えない形もない、それでも考えも及ばないくらい人的被害を起こすものが、すぐ近くにあるんだって、しっかり考えなきゃね。

未分類の関連記事

電話をかける

▲ページトップに戻る